「じゃあね、カナちゃん。またね」



















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部活を終えたリクオは校門を出たところで振り返り、

夕日に照らされる校舎をじっと眺めていた。

そこに声をかけてきたのは幼馴染の少女、家長カナだ。

「あ、あの・・・リクオくん」

おずおずとしたその態度にリクオを苦笑を浮かべてしまう。

それも仕方がないのだけれど。だって彼女はもう、彼の正体を知っている。

一緒に帰ろうよという彼女に、是と返事もせず、

リクオはもう一度、その瞳を校舎に向けた後、

ようやく傍に佇む少女に微笑んだ。

「カナちゃん、ボクさ、明日からしばらく学校に来れないんだ」

「え・・・?」

驚く少女に、リクオはまるでちょっとそこまで遊びにいくような明るさで、

「かなり派手になりそうな出入りが待っててね、それでさ」

さらりと言うそれは彼のつい昨日まで秘密だった事情だ。

カナはまだ、目の前の幼馴染があの主なのだとはとても信じられない思いなのだが、

実際、あの主しか知らないはずの話しをこの幼馴染は知っていて、

「だからボクはねカナちゃん、ぬらりひょんの孫なんだ。今まで黙っててごめんね」

そう言って笑った少年があの、恐くてけれどやさしくて、

そして美しい彼と同じ人だなんて。

「ど、どれくらいお休みするのかな?」

「ううん、それはちょっと今のところわかんないんだけど」

あはは、と笑う、幼馴染がカナには信じられなくて、

だって中学生がどれだけ休むかわからないなんて、普通じゃない。

「そんな!大丈夫なの?もしかしてまた悪い妖怪と戦うの?」

今まで何度も助けてくれた主の姿を思い出し、そう叫ぶカナに、

リクオは、うん、そうなんだ。とまるでなんでもないことのように頷いた。

沈みかける夕日に照らされ、その髪が金色に染まる。

目の前の彼は自分の知る同じ彼なのだろうか、いい奴、やさしい奴だと、

誰もが言った、奴良リクオ。

「・・・リクオくん・・・」

カナにはなんと言っていいのかわからない。

ただ、自分の手の届かないところへ、幼馴染が行こうとしている気がして、

「だめだよ、ちゃんと帰ってきて、いっしょに学校卒業しようよ!」

それでずっと今まで通り、自分の幼馴染でいて欲しいと、

ただカナはそれだけの思いで、リクオを引きとめようとする。

「うん、ありがとうカナちゃん」

けれど必死なカナに、リクオは自分の腕を掴む手をポンポンと叩き、

いつもの顔で微笑むのだ。

「ごめんね、もう行かなきゃ。だから、またね」

みんなにもよろしく。そう言って、彼は手を振って、背を向けた。

黄昏時、歩み去る彼の向こうに佇む人影が見える。

「・・・及川さん・・・」

今は彼女の正体も知っている。

そうして、カナの目前で、佇む少女に彼は言うのだ。

「待たせたなつらら」

いつの間に。

目を見開くカナの瞳に映るのは、淡い恋心を抱いた夜の主。

姿を変えた彼が少女に向かって手を差し伸べている。

その手に。ほっそりとした白い手がゆっくりと伸び、

それは、本当にはカナの目には見えないけれど、

重なったのだろうそれを、彼はぎゅっと握り締め、

「この手を離すなよ」

「はい、リクオ様。つららはどこまでもお供いたします」

祈るような声に、決意に満ちた声が応える。

二人、見つめ、微笑みあって、そして。

「・・・あっ」

カナの視界から姿が消えた。

後はもう、いつもと変わりない町の風景があるだけで。


















カナがリクオに再会したのは、それから数年後だった。

「それでカナ、また彼と別れたの?」

「なんで知ってるのよ」

「だって本人がふられたって泣いてたの見たもん」

「やだ、もう」

街の雑踏を大学の友人達と歩く。

これから新しくできた店に食事に行こうとしてるところだった。

「そういえばさ、昨日カナのインタビューが載った雑誌見たけど」

「ああ!わたしもアレ読んだ。だからいつも男と長続きしないんだよね」

「あんたたちさっきからちょっと失礼よ、もう。別にアレは関係ないよ」

そう反論するカナに、だが彼女達は、またまたーとまったく取り合わない。

「初恋の人が忘れられないんです、ってさ〜」

「ね、ね、いったいどんな人なの?カナの初恋の人って興味ある〜」

「どんな人って・・・・」

囃し立てるような友人の問いに、カナの頭の中に彼の姿が浮かび上がる。

一度見れば忘れられない夜を彩る妖しの主。

その姿はやがて幼馴染のそれに重なる。

「・・・・・・・え?」

そんな事を思い出していたからだろうか、

カナの瞳がなんだか見知ったような顔を捉える。

人の行き交う初冬の夕暮れ時、なんだかそれにデジャブを感じ、

カナはもう一度よく目を凝らした。

「・・・・リクオくん!」

「あれ?カナちゃん?わぁ久しぶりだね」

通りに置かれた像の横に佇んでいた彼。

にこにこといきなり現れたカナに以前と同じ笑顔を浮かべるその姿はけれど、

中学の頃とは違い、当然だが成長していて、

カナの頬が薄っすら染まる。

「リクオくん、帰ってきてたんだ、教えてくれたらよかったのに」

「うん、ごめんね。ボクもいろいろあってさ、今日は久しぶりのお休みなんだよ」

背も伸びて、男らしくなっていて。

なんだか随分、主と、と思いかけ、そういえば同じ人なんだと

今のリクオを前にカナは昔よりはっきり納得できそうだった。

「よかった、みんなも心配してたんだよ。でも無事だったんだね。ほんとに良かった」

「ありがとう、カナちゃん。泣かないで、ボクはこうして元気だからさ」

涙ぐんだカナを前にそう言って、リクオは困ったように微笑んだ。

「うん、・・・あ、そうだ、・・・ねぇもしよかったらこれから一緒に食事にいかない?

わたしたちこれからいくところなんだけど、すごいおいしいって評判のお店なの」

もっとたくさん話しをしたい。もっとずっと一緒にいたいからと、

カナがそう誘ったが、リクオの視線はカナの向こうに向けられて、

「あ、ちょっとごめん、つらら!ここだよ!ここ!」

そして手を振る。

「リクオ様ー、遅くなってすみません!」

「いいよいいよ、それで目当てのものは買えたのかい?」

「はい!」

「ならよかった。あ、そうだつらら、ほら、カナちゃんだよ、今ここでばったり会ったんだ」


え?とそこで、つららの瞳がカナを映す。

「はわわっ、これは家長さん、お久しぶりです!」

「あ、ええ・・・ほんとに久しぶりね」

そう応えつつもカナのさっきまでの高揚した心はいやおうなく下降する。

なんだ、彼女も一緒だったのかと。

リクオの隣に並び立つ彼女はあの中学の時の夕暮れを思い起こさせる。

あの頃も綺麗な子だと思っていたが、

少し大人びた彼女はモデルの自分からみてもとても綺麗だ。

そういえばこの人も妖怪なんだよね、とカナはぼうっとした頭で思い出す。

雪女という女怪なのだということを。

それでも、ここでこうして再会できたことはまるで運命のような気がして。

「あ、なら及川さんも一緒に、どうかな?」

「はい?えっと。なんの事ですか、リクオ様」

「うん、これから一緒に食事に行こうって誘われてね」

「お食事ですか?・・・・リクオ様がいらしゃるなら・・・リクオ様?」

驚いた顔が少し陰るが、つららは何故か含み笑いをしている主に気づき首を傾げる。

「いや、ごめんごめん。そうか、そういえばつららは及川って名乗ってたなって思ってね」

「はぁ、まぁここしばらくは使っていなかったですが・・・」

それがどうして主を笑わせているのだろうと、

つららにはとんとその理由がわからない。

カナも何故突然リクオがくすくすと笑い出したのかわからず、

つららと同じように首を傾げた。

「あのね、カナちゃん。それで言うなら今のつららは奴良つららって言うんだよ」

なんだか歌でも歌うようだよね、ぬらつららって。

リクオが、楽しげにそう言ったなら、

言葉の意味を把握したつららはぽんっと顔を真っ赤にし、

カナはそんな二人を唖然と眺めた。

「あ、え?なに?それって、二人が・・・・」

「うん」

「・・・・けっ・・・こんしたの?」

「そうなんだ」

にこにこと、笑う奴良リクオはとても嬉しそうだ。

「それでね、今日は久しぶりの奥さんとのデートなんだ。だからごめんね」

なんてすまなそうに言うけれど、

「あ、ううん。こっちこそ邪魔したみたいで、ごめんね」

慌ててそう謝る。謝るしかない。

じゃあね、カナちゃんと、またねと去っていく睦まじい二人の姿。

そうだ、昔もそうだったじゃない、と、カナは今になって分かった事にショックを受ける。

リクオ君にとって自分は特別だなんて、なぜ思ったりしたのだろう。

主にとって自分が特別だなんて、なぜ勘違いしたりしたのだろう。



「・・・・奴良カナ・・・・なんかごろも悪いよねえ・・・・」


いつだって、きっと。共にあったのは。

背を預け立っていたのは。




「・・・カナ、今日は好きなものなんでも食べていいよ!わたしおごるし!」

「うんうん、飲むならとことんつきあっちゃうし!」

だからほら、行こうと、察した友人達が暖かい友情をみせてくれる。

「ぐちも聞いてくれるかな・・・」

「任せといてよ、それ得意中の得意だからわたし」

「聞き上手と名高い私にお任せよ」

うん、いい友達もったなわたしと、カナは小さく笑う。

リクオ君だって友達としてほんとうにいい奴だった。

勝手にわたしが想ってただけなのだ。

こんな話し、世の中にはごろごろしている話のひとつで、

それに初恋は実らないって言うしね。











カナがそんな気持ちの整理をしていた頃。

ちゃっかり初恋を叶えた三代目は夜の姿へ変化をし、

恋女房を腕に夜の街をそぞろ歩く。

「家長さん、綺麗になっていらっしゃいましたねぇ」

「うん?なんだいきなり」

「だって・・・」

いろいろ昔から彼女には含むところがあるのだろう。

よく対抗していたことを思い出し、リクオはくすりと笑いを漏らす。

「ヤキモチかい?」

「なっ!違います!」

くつくつと更に笑い始めたリクオに、ちがいますったらーと真っ赤な顔で叫ぶつららが

愛しく可愛い。

確かにカナは自分に特別な感情を抱いていたかもしれないけれど、

「ボクがつららを守るんだい」

三つ子の魂百までとはよくいうじゃないかと、ならばオレは妖怪でもあるわけだから、

五百とか千とか経ってもきっと、

つららおまえを守るんだろうと、リクオはそう思うのだ。

「愛してるよ、つらら」

ぷしゅう〜と溶けてしまいそうなほど真っ赤になったつららをリクオは抱きしめる。

どんな女もおまえには叶わない。

「さぁて、夜はまだこれからだ、楽しもうぜオレの雪女」

「・・・はい、どこへなりとお供しますよ、わたしの旦那様」








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アニメのカナちゃんプッシュにはまじで泣けた・・・・